- 家 族2 -

誰かは気づいてる


私は2年前に高校を中退しました。理由は面倒な生活から逃げたかったから。言い訳です。そして社会に出ると、高校以上に辛いこと苦しいことばかりで、胃潰瘍で去年6月に会社も辞め、挫折してただ家に居る生活となりました。そしてウツになりました。

去年の暮れ、一人暮らしをしていた祖母が亡くなり、全てを失った気持ちでどうすることもできませんでした。そんな私に父はもう一度やり直すように勧めてくれ、受験した高校に受かって通い始めました。

全てを忘れることはできませんが、父が私の気持ちに気づいてくれ、きっかけを作ってくれたことに感謝しています。ありがとう。

(りえ/女/17歳)

モドル

夫からの帰るコール


仕事が終わった夫から、帰るコールがありました。「今日現場に行く途中、車がやけによけて通るんで止まってみたら、まだ目が開いたかどうかぐらいの子猫が怪我をしていてヨチヨチ歩いていた。つれて帰りたかったんだけどアパートで飼ってやれないから、せめてと思って人がいそうなところに置いてきた。」

本当は飼いたかったと思うのですが、眼の見えない母に、片目失明の父、そしてアレルギーもちの私と娘。泣く泣く我慢したのだと思います。ただ、他の人と同じようによけるだけではなく、安全で誰かに拾われやすい場所に置いてきた彼の切ないやさしさが心にしみました。

結局彼はその日ずっと気にしていて、それ以後もその場所を通るたびにそんな感じです。そんな彼の気持ちが報われて、誰かに拾われているといいな。 

(toshi/女/39歳)

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お兄ちゃん


私は高2になってから帰宅が遅くて、家に帰ると1つ年上のお兄に「こんな時間まで何してたんや!」ってよく怒鳴られていた。私だって遊びたいし、いろんなストレスがあるので「お兄は勉強も運動もできるから私みたいなバカが嫌いで気にいらないだけでしょ!」と言ってついに家出をした。

家出中、お兄の友達に偶然会うと「あいつ君のこと毎日学校で心配しているよ。いつも大事な妹なんだって言ってる。大切な人だから怒るんだよ。」そう言われた。

そのまま家に帰ると、泣きそうな顔のお兄が「嫌っていない。ただ自分をもっと大事にしてくれ。」と言った。わかっていないのは私だったね…。

(ゆかり/女/16歳)

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お父さん


私は父を中学一年のときに亡くした。妹はまだ10才、私も私立の中学に入って間もない頃だった。父は自営業であまり家にはいなかった。それでもよく家族旅行に行き、みな仲は良かった。私も父が大好きだった。

だからまさか父がそんな早く、しかも癌で死ぬなんて…。誰よりも明るくて、お客さんにも好かれていた父。 父は死ぬ何週間か前に「お前は自分の行きたい道を行け」と私に言ってくれた。

その時の言葉が今の私を動かし励ましてくれている。大学も受かったよ。彼氏もいるんだよ。誰よりもあなたに側にいて欲しかった…。

(あなたの娘/女/18歳)

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あったかい


先日、彼氏から別れを告げられた。理由の中には、あたしが太っているからという内容も入っていた。彼とは同棲する計画まで立てていた。

母に別れることを告げると「あたしのカワイイ娘にそんなこと言うなんて!今から○○を刺しに行く」と興奮しきっていた。

ダイエットのために自転車通勤に変えたあたしに「マフラー編んだから」と連絡がありました。母のあったかい愛をひしひしと感じ、何年かかっても内面も外見も美人になろうと改めて決意できました。

(しいな/女/26歳)

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お小遣い


学生の僕が遊びに行くと、いつも祖母は満面の笑みを浮かべつつ、お小遣いを2万円、3万円とくれた。祖母には自由になるお金がほとんどなく、生活が苦しかったので、いつも不思議だった。

あるとき祖母のお金の流れがわかった。僕がいる隣の部屋で、僕の母に頭を下げてお金を借りていたのだった。娘である母は、祖母が決して返せないと知りつつも、すまなさそうに頼むその姿を見て、いつもお金を貸してあげていたのだった。

社会に出てこの年齢になってよく分かる。そこまで無条件に優しくしてくれる人は、世の中にはまずいない。心を無防備にして「おばあちゃん!」そう呼べるひとがいなくなってもう10年たつが、祖母を思い出すとやはり今でも切ない…。

(会社員/男/33歳)

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火葬場で


私は祖母が大好きだったけれど、社会人になったばかりの初任給ではたくさんの洋服が買いたかった。ちょっと罪悪感があったけれど祖母には高いケーキを買って持って帰り「ゴメンね、こんなもので」と謝った。

すると祖母は「お勤めを始めたばかりなんから、いっぱい洋服がいるでしょう?」と言ってくれた。それから1ヶ月ほどで祖母は亡くなり、私は「今度のお給料で…」という約束が果たせなくなった。

火葬場では、骨壷に頭の骨を納めた斎場の人が私の手をそっと乗せてこう言った。「小さいときに、こうやって頭を撫ぜてもらったでしょう?」もう20年近くたつのに、その時の焼けたばかりの骨の温かさが手に残っている。そうだった、こうしていつも撫ぜてもらったんだって。

(かなりあ/女/40歳)

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ある土曜日


心身障害者の施設で交代勤務をしていた母は、いつも忙しそうでした。私が小学校五年生だったある土曜日、学校から帰ると珍しく母がいて、やたらに私を抱きしめたり、おんぶしたり、愛してると言いました。

それは、急にどうしたんだろう???と思うほどでした。その夜、母は交通事故で帰らぬ人となってしまいました。

その後いろいろなことがあったけれど、目には見えない母の愛のおかげで頑張ってこれた気がします。何十年か先、天国で会えたら親孝行させてね。そして又、抱きしめてね。

(うさこ/女/36歳)

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虫の知らせ


両親とともに東京に住んでいたにも関わらず、入社して3ヶ月後に地方に配属になった。慣れない土地でひとり暮らしを始めて1年ぐらい経ち、誰かに頼りたい一心でつきあった彼氏にふられた。

朝からお酒を飲んだり、リストカットのまねごとまでしたけれど、ぽっかり空いた心はどうにも埋めることができなかった。ある晩「もう明日の朝まで生きていないかも」と思っていたときに、滅多に電話を掛けてこない母と大学時代につきあっていた彼氏から電話をもらった。

私は何もないふりをして電話を切ったが、「虫の知らせ」が二人に行ったのだと思った。その後しばらくしてもう一度同じような晩を迎えたが、そのときも何故か母親から電話が掛かってきた。そしてその日以来、私は二度と死のうとは思わないようになった。

(いちご/女/42歳)

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運動会


中学の運動会。他の家のような綺麗で色とりどりのお弁当ではなかった。

けれど夜勤明けの疲れた体で作ってくれた、父のツナ入り卵焼きと、ウサギになっていないリンゴが妙に嬉しかったんだよ。

あなたは亡き母の分まで一生懸命だった。食べるとき黙っていたのは、そのお弁当が嫌だったからじゃないんだよ。嬉しくて、ありがたくて、泣きそうだったんだよ。

(うさこ/女/36歳)

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