誰かは気づいてる
去年の暮れ、一人暮らしをしていた祖母が亡くなり、全てを失った気持ちでどうすることもできませんでした。そんな私に父はもう一度やり直すように勧めてくれ、受験した高校に受かって通い始めました。
全てを忘れることはできませんが、父が私の気持ちに気づいてくれ、きっかけを作ってくれたことに感謝しています。ありがとう。
(りえ/女/17歳)
夫からの帰るコール
本当は飼いたかったと思うのですが、眼の見えない母に、片目失明の父、そしてアレルギーもちの私と娘。泣く泣く我慢したのだと思います。ただ、他の人と同じようによけるだけではなく、安全で誰かに拾われやすい場所に置いてきた彼の切ないやさしさが心にしみました。
結局彼はその日ずっと気にしていて、それ以後もその場所を通るたびにそんな感じです。そんな彼の気持ちが報われて、誰かに拾われているといいな。
(toshi/女/39歳)
お兄ちゃん
家出中、お兄の友達に偶然会うと「あいつ君のこと毎日学校で心配しているよ。いつも大事な妹なんだって言ってる。大切な人だから怒るんだよ。」そう言われた。
そのまま家に帰ると、泣きそうな顔のお兄が「嫌っていない。ただ自分をもっと大事にしてくれ。」と言った。わかっていないのは私だったね…。
(ゆかり/女/16歳)
お父さん
だからまさか父がそんな早く、しかも癌で死ぬなんて…。誰よりも明るくて、お客さんにも好かれていた父。 父は死ぬ何週間か前に「お前は自分の行きたい道を行け」と私に言ってくれた。
その時の言葉が今の私を動かし励ましてくれている。大学も受かったよ。彼氏もいるんだよ。誰よりもあなたに側にいて欲しかった…。
(あなたの娘/女/18歳)
あったかい
母に別れることを告げると「あたしのカワイイ娘にそんなこと言うなんて!今から○○を刺しに行く」と興奮しきっていた。
ダイエットのために自転車通勤に変えたあたしに「マフラー編んだから」と連絡がありました。母のあったかい愛をひしひしと感じ、何年かかっても内面も外見も美人になろうと改めて決意できました。
(しいな/女/26歳)
お小遣い
あるとき祖母のお金の流れがわかった。僕がいる隣の部屋で、僕の母に頭を下げてお金を借りていたのだった。娘である母は、祖母が決して返せないと知りつつも、すまなさそうに頼むその姿を見て、いつもお金を貸してあげていたのだった。
社会に出てこの年齢になってよく分かる。そこまで無条件に優しくしてくれる人は、世の中にはまずいない。心を無防備にして「おばあちゃん!」そう呼べるひとがいなくなってもう10年たつが、祖母を思い出すとやはり今でも切ない…。
(会社員/男/33歳)
火葬場で
すると祖母は「お勤めを始めたばかりなんから、いっぱい洋服がいるでしょう?」と言ってくれた。それから1ヶ月ほどで祖母は亡くなり、私は「今度のお給料で…」という約束が果たせなくなった。
火葬場では、骨壷に頭の骨を納めた斎場の人が私の手をそっと乗せてこう言った。「小さいときに、こうやって頭を撫ぜてもらったでしょう?」もう20年近くたつのに、その時の焼けたばかりの骨の温かさが手に残っている。そうだった、こうしていつも撫ぜてもらったんだって。
(かなりあ/女/40歳)
ある土曜日
それは、急にどうしたんだろう???と思うほどでした。その夜、母は交通事故で帰らぬ人となってしまいました。
その後いろいろなことがあったけれど、目には見えない母の愛のおかげで頑張ってこれた気がします。何十年か先、天国で会えたら親孝行させてね。そして又、抱きしめてね。
(うさこ/女/36歳)
虫の知らせ
朝からお酒を飲んだり、リストカットのまねごとまでしたけれど、ぽっかり空いた心はどうにも埋めることができなかった。ある晩「もう明日の朝まで生きていないかも」と思っていたときに、滅多に電話を掛けてこない母と大学時代につきあっていた彼氏から電話をもらった。
私は何もないふりをして電話を切ったが、「虫の知らせ」が二人に行ったのだと思った。その後しばらくしてもう一度同じような晩を迎えたが、そのときも何故か母親から電話が掛かってきた。そしてその日以来、私は二度と死のうとは思わないようになった。
(いちご/女/42歳)
運動会
けれど夜勤明けの疲れた体で作ってくれた、父のツナ入り卵焼きと、ウサギになっていないリンゴが妙に嬉しかったんだよ。
あなたは亡き母の分まで一生懸命だった。食べるとき黙っていたのは、そのお弁当が嫌だったからじゃないんだよ。嬉しくて、ありがたくて、泣きそうだったんだよ。
(うさこ/女/36歳)